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永野デザインとパブリックドメイン

Category : F.S.S.
ときどき「××という作品のロボットがモーターヘッドに似ている」みたいなことがある。

ケースは色々で、なんとなく似ていることもあれば、あからさまにモーターヘッドのパーツを借用していることもある。

当の永野護はとえば、2013年にMHを物語から消去している。完全に消去したのか、それとも一時的にGTMに変換してみただけなのかはまだ判らない。

もし仮に前者だった場合、MHは日本のロボット界(どんな界だか)の表舞台からは消え、裏舞台(過去ロボットのデータベース)へ移行するという話になる。

MHはF.S.S.で活躍する限りは「現役」だが、消去されれば当然、過去ロボットのデータベースに登録されることになる。別にそういう登録制度が実在するわけではないが。

唐突だけど、私がもし新人ロボットデザイナーで、MHからパーツやシルエットを「引用したい」としたとき、MHが「過去のロボット」に登録されていたほうが心情的に楽な気がする。現役バリバリのロボットのデザインを引用するのは気が引けるが、過去のデータ―ベースからの引用と思えば、まあ、多少は、いくばくかは、心理的負担が少ない。かもしれない。

もちろん永野護がMHを消去したからと言って、MHがフリーのパブリックドメインとなるわけでは当然ない。
MHは永野護(とトイズプレス?)のものである。

しかし、引用する側とすれば、やっぱり現役ロボットからよりも過去ロボットからのほうが引用しやすいのではないかと思える。MHが現役でないなら、かえってMH的なものの再来として方々から喜ばれる可能性もある。過去からの引用なら「パロディ」や「オマージュ」という方便も効きやすいのではないか。

永野護がその辺りについてどう考えているのか気にところではある。というか永野の場合、GTM作っちゃったからMHはパクっていいよ、なんてあっさり言い放ちそうな気もする(註)。

ただ、仮にMHからのパクりを永野が黙認するとしても、それは永野の公共精神や親切心の反映ではまったくなく、「もう古いからお前らにくれてやるよ」という意味において、なのだろうが。

それはともかく、MHという既に洗練され、完成された書式が作者によって葬られたことが今後、ロボット界においてどう影響していくかが興味深い。たとえば80年代に永野が提示し、90年代にプラスチックスタイルによって上書きされたデカダン・スタイル的な美意識は、00年代以後になってパフュームなどによって反復されたりしている。MHもそのようにして残っていくのだろうか。



(註)
直接の関係はない話だが、永野はかなり古いニュータイプの付録冊子のなかで、F.S.S.の著作権はやがて解放するつもりである、と述べたことがあったはずだ。だからMHやファティマの版権フリー化もあながちあり得ない話ではない。




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