「花の詩女」再上映

2017年6月、「花の詩女ゴティックメード」が全国で再上映。 https://www.dreampass.jp/m342768

【宮城県:6/24上映】
【千葉県:6/24上映】
【千葉県:6/24上映】
【埼玉県:6/24上映】
【大阪府:6/24上映】
【大分県:6/24上映】
【栃木県:6/25上映】
【愛知県:6/25上映】
【京都府:6/25上映】
【岡山県:6/25上映】
【広島県:6/25上映】
【福岡県:6/25上映】
【長崎県:6/25上映】
【熊本県:6/25上映】
【鹿児島県:6/25上映】

システム上、一定数のチケットが売れなければ上映が成立しない。自分の地域以外もどんどん拡散させてどんどん宣伝しよう。今のところ苦戦しているのは長崎、熊本、鹿児島あたり。

一回見た人もまた見よう。見所はカーテンコールやGTMカイゼリン以外にもいろいろある。たとえば岡田斗司夫も驚愕した「キャラの自然な足運び」。永野護が動画17万枚を費やして一体なにを描こうとしたのか、フラットな状態でもう一度見ておいて損はないと思う。

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カイエン服飾史(4)シチュエーション別分類

Category : F.S.S.

■シチュエーション別カイエン服
カイエンの出番がもっとも多かったのは第3話だった。シチュエーションに合わせて様々なコーディネートを披露してくれている。FSSでカイエンよりも私服を多く与えられた男性キャラって他にいたっけな。ひょっとするとアイシャやヤーボよりも衣装替えは多いんじゃなかろうか。

カイエンはどのような場面にどのような服を選ぶのだろうか? 試みに、シチュエーション別に分類してみよう。分類は4種類。仕事の場面。やや仕事に関係する場面。女性と会うなどプライベートな場面。その他。結果は以下のようになった。
(コマの出典は「カイエン服飾史(2)」に掲載)


[仕事][パブリック][シリアス]
 ※剣聖カイエンとしての顔が多い
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[やや仕事][ややプライベート]
 ※カイエンとヒッターの中間?
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[女性と会う][プライベート][デート]
 ※ヒッタ-子爵としての顔が多い
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[その他]
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以上の分類からカイエンの服選びの傾向として言えることをまとめる。見たまんまではあるけど。

  • 「剣聖カイエン」はスーツを着ない(戦う仕事なんだから当たり前か)

  • 「ヒッター子爵」は最低でもスーツ着用。それよりカジュアルにはならない。(10)は例外

  • デートも基本はスーツかそれ以上にフォーマル。白スーツや礼装

  • 夜の街では流行っぽいブルゾンも着る(10)

  • 仕事が絡むとゆるい着こなしに。ゆるいシャツ(5)、くたびれたジャケ(6)、ゆるいパンツ(8)など

  • ゆるい着こなしでも仕事絡み(5、8)とデートモード(11)でオシャレ度がまるで違う

  • 男(ミューズ)と会うときは普通のスーツをきちんと着るだけ(7)

  • 一時期を境に一般的なメンズ洋服を着なくなる。ヤーボが死んでから?(3、16)


■[浴衣]と[和風洋服]の謎
扱いに困るのは第5話の浴衣(3)と和風洋服(16)であった。それまで洋服の多かったカイエンファッションにあって、どちらも唐突感があり、どう理解すればよいものかと悩む。

まず浴衣に関して。カイエンがデプレに天位を授け、ムグミカの騎士となるこのシークエンス、なぜ浴衣なのだろうか。次のように考えるなら、少なくとも上に記したカイエンの服選び傾向と矛盾することはないようだ。

・スパイ活動等の仕事モードではないので、ミリタリー服(1)は着ない
・ヒッター子爵モードではないのでスーツを着る必要がない
・デートでもないので、礼装の必要もない

物語的には、このシークエンスをもってカイエンは「長き放蕩の人生にピリオドを打」つ(リブート6p193)。つまり、スーツやドレスで着飾るヒッター子爵からの決別を象徴するのが浴衣である。「洋装」からの決別だから「和装」となるのであろう(今まで気づかなかった……)。

物語から離れて作者のデザイナーとしての立場から考えてみると、「騎士とは日本でいえば力士のようなもの」という構図をやや強引に想定し、力士の夏の礼装である浴衣がカイエンに与えられた、という線はありうる。この頃、つまり1990年代後半の永野護は大相撲への関心があったようで、それがFSSにいくらか反映されている。たとえば、不知火のケサギ、雲竜のカエシという相撲から着想を得たキャラクターがまず挙げられるし、FSSで唯一のマゲを結ったキャラクターである剣聖デューク・ビザンチンが登場したのも1990年代後半である。とはいえ、さすがに力士のようなモーターヘッドが登場するには至らなかったようだが。

話は逸れるが、この時期は作者のデザイナーとしての転機でもあったと思う。プラスチック・スタイルの考案や、モーターヘッドの半透明化はこの時期だった。モータヘッドの靴が完全なピンヒールとなり、永野が思わせぶりに「今後のFSSデザインを引っ張っていく」と語る「エンシェント・モード」(※) のプリンセス・オリビー・タイトネイブが登場するのもまさにこの時期だ。件の大相撲デザインも含めて、デザインの幅が大きく広がったのが1997~1999年頃であり、ちょうど第5話前後にあたるこの時期、デザイナーとしての永野護はひとつの成熟を迎えた、と言ってよい気がする。いつか検証したい。ついでに当てずっぽうでメモしとくと、FSSの設定文がより専門的で硬い内容となったのもこの頃ではなかっただろうか。そして、ある意味ではFSSのあり方を大きく変えた「超帝国」の設定公開も1997年であった。

話は戻る。和風洋服(16)については残念ながらカイエンの意図や意識を解釈できなかった。そもそもこの服の名称からして不明だし。永野オリジナル? 無知が恐ろしい! 無知であることが恐ろしい!! しかしアイテムを個別に見ていくと、これってただの洋服かも、とも思えてくる。

・ダブルの襟なしベスト
・ゆるいシャツ
・超ワイドパンツ

つまりシルエットが和風なだけで、各アイテムは洋服っていう。うーん、でも足もとは下駄だしなー。やっぱりわからない。この服を着たカイエンはこの一例しかないのだが、案外、普段着はこんな感じなのかもしれない。

物語から離れてメタな解釈をすることができるにはできる。この和風洋服の登場した第5話の頃、作者のなかで「和」のテイストがブームであったようだ。上にも記した大相撲デザイン、それから浴衣のカイエンやブラフォード、和服(なのか?)のオルカオン・ハリス、和服風のアイオ・レーンが登場している。なぜ「和」なのかは判らないが、とにかくこの頃の作者のなかで「和」が良かったらしい。

■ [礼装]と[白スーツ]の謎
そのほかにいま一つカイエンのなかでの選択基準が読み取れなかったのが、燕尾服やモーニングコートで礼装するか、それとも白スーツで軽めにキメるか、という選択についてだった。何をもって礼装を選び、何をもって白スーツを選ぶのか。いずれもヒッターのデート服であるらしい点では同じなのだが、どういった基準で選ばれているのかは私の力では読み取れなかった。残念。

そしてもう一つ。そもそもの話になってしまうのだが、ヒッター子爵の礼装(12)や白スーツ(9)(14)はなんだか仮装のよう、という問題もある。シルクハットに片メガネはなんとなく滑稽にも見えるし、ホストのような白スーツも街では浮いているのではないか。これらの装いはヒッターの伊達男ぶりの表れではなく、 泉興京巴が言うところの「バカ殿」(『リブート3』p32)キャラの表れであるとも取れる。
 だが以下のような要素から仮装説・バカ殿説は否定されるようだ。

・もし礼装が滑稽なら、隣のデザイナー=パナフランシス(12)が黙っていないはず
・若い頃の礼装に仮装っぽさはなく、むしろ決まっている(13)
・第3話のカステポーでは礼装した騎士(?)の姿があるので礼装はよくある装いである(↓画像)

r3p38.jpg
(『FSSリブート3』p38より)


カイエン以外にも礼装の男性が街にいることが確認できる。よってカイエンの礼装もジョーカー世界ではよくある着こなしなのであろう。このコマの略帽らしきものかぶった男性たちがもし騎士であり(註)、女性がナイトグルーピー的な人だとすれば、礼装は自身が騎士であること示す合図として機能しているのかもしれない。V系バンドマンが煌びやかな衣装でグルーピーを引き寄せるようなもの、みたいな。礼装には軍服を連想させる格好良さがあるから、グルーピーたちにも受けは良さそう。というわけで、礼装に関してはカイエンの「バカ殿」キャラの反映であるとは言えないだろう。

 (註:2017年03月)作者によれば彼らは「騎士」。テールズオブジョーカー4巻p52より。

それでも、白スーツってやっぱり街で浮いていると思う(別に浮いていることは悪いことではない)。カイエンはホストのコスプレのような白スーツをあえて着ることで、「バカ殿」としての人生にすすんで身を投じていたような気がする。そのことついては後で述べるかもしれない。

さて、カイエンの装いを振り返って興味深かったのはそこに「自己表現」の欲求があまり感じられなかったことである。「自己表現」でも「自己実現」でもよいのだが、そのようなワードではカイエンの服は説明しにくい。このことに関してはナイアス・ブリュンヒルデやデコース・ワイズメルとの対比によって明らかとなるだろう。

カイエン服飾史(5)デコースvsカイエンへ続く。
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