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カイエン服飾史(5)デコースvsカイエン

Category : F.S.S.
<お知らせ>
「花の詩女ゴティックメード」復活上映なるか!?
2015/05/23 (土) @大分
@TOHOシネマズ アミュプラザおおいた
https://www.dreampass.jp/e827

2015/05/24(日) @大坂
@TOHOシネマズ くずはモール
https://www.dreampass.jp/e828

※規定の枚数のチケットが売れなければ再上映されません。企画が不成立の場合、お金は掛かりません。
周囲のF.S.S.読者を誘って企画を成立させましょう。
※現状、BD・DVD化は絶望的です。
<お知らせ終>

■ ハイアラキと二人の弟子
剣聖カイエンには師匠がいた。あまりに強いので何事も「気にしない」(※) ことで知られる剣聖ディモス・ハイアラキだ。ハイアラキは60年代ファッション(※) に身を包んだオシャレ人間であった。この奇抜さに比べると、どうしてもカイエンの服は地味な感じがする。白スーツや燕尾服は派手といえば派手なのだが、それらは既存のフレームのコピー(≒コスプレ)としての側面が強い。

ハイアラキの服は見るからに普通ではない。よほどの高級ブランドのコレクション商品か、テーラーでの注文服であろう。そういった部分から、ハイアラキのファッションには自己表現の欲求を感じるのだが、一方のカイエンにはその手の自己表現欲求があまり感じられない。

カイエンと同じくハイアラキから学んだ騎士に、天位のバーグル・デ・ライツァーがいる。彼の私服については描かれていないので判断しかねるが、少なくとも髪型についてはパンクな精神を貫いているようにみえる。カイエンには、そのようなトガったメンタリティも見受けられないのだ。


■ ファッションで自己表現はしないカイエン
これまでの記事でカイエン・ファッションの特徴を二つ挙げた。一つは、「ドレス(礼装)」や「スーツ」の着用。もう一つの特徴は、一点目とも関連するのだが、そこに自己表現の志向や、トガったメンタリティが見受けられないということである。

もちろん、すでに見てきたように、カイエンはオシャレである。明らかに装いに手間を掛けていて、綺麗に着飾っている。カイエンはお坊ちゃん(前記事15番)として育っているようであり、おそらくは品質のよい服しか身に着けていない。安いスーツやパンツではないだろう。そういう意味では、自分の意思でもって服を選んでいると言える(あるいは専属スタイリストが全部選んでいる、なんていう可能性もあるにはあるが)。カイエンはシトロン・メナーのように制服万能論を唱える(※) ほどの反オシャレ主義ではないにしても、服に自己表現を求めないという点ではメナーと似ている。だからカイエンは、「服」と「私」が密接に結びついているゴチック・ナイアス様とは相性が悪いということになり、したがってケンカとなり、「服装のセンスでまじ戦闘なるのはこのマンガだけとはいえーっ」(※) という台詞が登場することとなる。


■ カイエンvsデコース
さて、ダグラス・カイエンをより理解するために今度はデコース・ワイズメルと比較してみよう。
カイエンとデコースには実は服飾的な共通点がある。
それは燕尾服を着用していることだ。
同じものを着ていても着こなしはまるで違っていて面白い。

デコース・ワイズメル
r3p383.jpg(『F.S.S.リブート』3巻p383)
・水玉柄キャスケット帽子
・蝶ネクタイ
・燕尾ジャケット
・何らかのシャツ
・ストライプ柄ベルボトム(8部丈程度)
・ヒール10cm程度のスリッポン靴(?)

ダグラス・カイエン
r7p204a.jpg(『F.S.S.リブート』7巻p204)
・燕尾服(袖など永野アレンジか)
・黒色のドレスシャツ
・側章つきスラックス(外側にラインの入ったスラックス)
・エナメル(?)のブーツ

二人の着こなしの違いを簡単に述べておく。
まずデコース。デコースの着ている燕尾服や蝶ネクタイは、ドレス(礼装)用のアイテムである。が、帽子は狩猟用の帽子だし、パンツはカジュアルだし、靴はヒールが高い。つまり、統一感のない、好き勝手な着こなしをしている、ということが判る。

一方のカイエン。細かく見ていくとルール違反もしているのだが、基本的にはドレスをドレスとして着ている。
(ルール違反の詳細:まず燕尾服の袖先が”ザ・永野アレンジ”だし、黒色ドレスシャツも本来はご法度である。靴も本来はブーツ不可だ(たぶん)。このようなルールの微妙な踏み外しをどう解釈するかは難しいところだ。私はそこに深い意味はなくて、単にドレスを永野的にアレンジしただけだと思う。が、物語に即して考えれば「カイエンは正式な場ではないので少し着崩した」とも解釈可能)

この2人の着こなしを念頭におきつつ、スーツ・ドレスの特徴について少し振り返っておこう。スーツとドレスに共通するのは、「没個」のファッションであるという点だ。どちらも「ルール」や「格式」や「」がものをいう世界である。それを無視して「オレ流コーデ」や「アタシ流アレンジ」をすることは基本的に許されない。ルールに身を委ねる以上、そこに「私」の固有性やオリジナリティは発生しない。原理的に発生しようがない。カイエンはそのような服を好んで身につけている。カイエンに自己表現の欲求が見受けられない、というのはそのような意味においてだ。

もちろんカイエンのドレスファッションは、現代日本の感覚からするとカッコいいし、オシャレにもみえる。しかし、カイエンにとっては「ルール」を踏襲しているに過ぎず、それ以上の意識はないのだ。

■ デコースのオレ流コーデ
その点、デコースは好対照だ。デコースはドレスの「ルール」を破壊し、自分勝手な「オレ流コーデ」をしてみせる。それはデコースの部下であるジョー・ジィッド・マトリアがGTMデムザンバラ(旧MHシュペルター)をオレ流に改造したのと同じである(あ、違うか)。カイエンにとっての燕尾服はベタだが、デコースにとっての燕尾服はネタである。自由なコーディネートのための要素でしかない。

このような着こなしは、デコースの性格設定とも響き合っている。魔導大戦下のデコースは次のように言う。

若い騎士は一度は大騎士団や大国に仕える事を夢みるが…大国や多くの騎士団は家柄や血統、出身 扱い易い性格の騎士を選ぶと気がつく
そんな世の中の仕組みに気がついてイヤんなってる奴らは山ほどいるんだ 才能も力もあるのにな
”ジィッドって無名のかけ出しがハスハ戦で手柄を立ててシュペルターを褒美にもらった”このニュースが飛び回りゃ それまでクサってた者たちが…騎士だけじゃない 技師も学者も学生も一発やるかとバッハトマに集まってくる!チャンスはいくらでもあるってな!おもしれーじゃないか!
(『F.S.S.リブート』7巻p257)


デコースにしては珍しく熱く語ったこの言葉にはおそらく、傍流の騎士として生きてきた自身の実感が込められている。だから「ルール」に支配された装いであるドレスを、デコースはあえて着崩す。それはドレスが象徴する大国・貴族・守旧的な価値観への反逆の意思によるものだ。だからこそ永野護はデコースというキャラクターを持ち上げる。そこに、ガンダム≒バンダイという既成の「ルール」と格闘し、最終的には弾き出された永野の屈託の気持ちが反映されていることは言うまでもない。

デコースもカイエンも、ともに永野の分身である。しかしこの2人のキャラクターは、ファッション面でも、メンタル面でも、とても対照的だ。デコース(と永野)は既存の「ルール」と戦おうと足掻くが、カイエンにはそのような大仰な意識はないように見える。その理由については改めて考えてみたい。



本題とは関係ないが、カイエンが「純血」の血統に裏打ちされた強さを持つキャラクターなのに対し、デコースは(少なくとも現時点では)特別の血統というわけではないのに天才的な騎士、とされている。そんな部分でもこの二人は対照的なのであった。

次の記事:「カイエン服飾史(終)ナイアスvsカイエン」
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