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ユニクロの時代とF.S.S.関連商品の高額化について

Category : F.S.S.

『F.S.S.デザインズ4』の値段が高いことについて永野護は以下のよう書いている。

「Designs4」は今までの「Designs」とは異なる判型サイズ、そして定価が付けられております。
(中略)
価格に関しては「人が必死で考えて製作した作品にはそれなりの価格がつけられる」と考えておりますのでご理解ください。
(p140)


デザインズ旧シリーズが2800円だったのに対し、「デザインズ4」は4800円と確かに高くなっている。だが、3200円だった「ツインタワー」でも、5000円だった「スモークウォール」でも、7500円だった「ナイトフラグス」でも、作者はそのようなエクスクースは書いてなかった。なぜ今回に限って?

その理由としては、8年半の休載明けということもあり「フェラーリ商法」(@「キャラクターズ4」あとがき)に慣れていない新規読者への説明のため、というのがあったと思う。それともう一つ、現在が「作品に相応の金を払う」という前提が通用しない時代になっているから、というのもたぶんある。

現在は「コスパ」が最高の価値とされる時代だ。コスパがよい(とされる)ユニクロ、すき家等はどれだけブラック企業だと叩かれてもなお支持され続ける。若者が金を使わない、遊ばない、と語られてから何年経っただろうか。無料文化であるインターネットの発展にともなって、「作品に相応の金を払う」という行為は当たり前ではなくなった。つまり高額のデザイン画集を前提にして物語がすすむF.S.S.という作品にとって、現在は逆風の時代だ。F.S.S.は「コスパが悪い」(註)。
(註)いくつかの点ではむしろコスパ最高という気もするけど。

このような時代状況をふまえ、永野護は次のように語る。

でも馬鹿にできないのは、たとえばユニクロとかコンビニの商品のほうが、半端な手縫いの服とか老舗の職人さんが手作りしたお菓子とかよりはるかに高品質で安いものを作っているという現実があるってこと。なぜそうなるのかと言うと、ユニクロとかコンビニのほうが圧倒的に時間とコストと人手をかけているから。
 アニメも同じで、『GTM』はどちらかと言えば手作りのほうだよね。それでちゃんとユニクロやコンビニスイーツを越えるのはけっこうハードで、シャネルとかロブションレベルまで持っていかないと勝負にならない。ユニクロやコンビニ的な定番の動きをしてわかりやすく、シャープネスなんて吹っ飛ばして階調も抑えて見やすい、さらに音楽PVとかの影響で動いてないのに動いて見えるカメラワークをしているようなアニメに比べて『GTM』がどれだけ戦えるか。普通のアニメの二〇倍の動画を使っていると言っても、素人がパッと見たときには動いてないように見えてしまう。そこがちゃんと理解されるか、でも理解させなきゃいけない。そういう不安がすごいありますね。
(『ユリイカ総特集永野護』「永野護ロング・インタビュー」P25)強調引用者



永野は良くできた大量生産品があふれている現在について言及し、そのような場所で戦うことについての「不安」を素直に認めている。ビッグマウスな作者にしてはネガティブな発言で、珍しい。設定改変によって従来読者の多くを失うことを想定していた作者にとって、「ユニクロ」や「コンビニ」的なモノに慣れ親しんでいる世代から果たして新しい読者を獲得できるだろうか、という不安はやはりあったらしい。しかしその上で永野が目指すのは、
ユニクロではなくシャネルを、
コンビニスイーツではなくジョエル・ロブションを、
ということらしい。なんでピエール・エルメじゃなくてロブジョンなの、という点は気になるけどここではどうでもよい。この引用文のなかでは明言されていないものの、F.S.S.のシャネル・ロブション化というのは、ようするにF.S.S.関連商品の高額化であろう。これからのF.S.S.は高級ブランド路線になっていく。

『ユリイカ総特集永野護』のなかで飯田一史がF.S.S.の「ブランド戦略」について指摘している。これまでのF.S.S.では高額なデザイン画集、1万円以上のガレージキットなど、ハードルの高さがあえて設けられていた。そういったブランド戦略自体は以前からあった。しかしシャネル・ロブション化する今後は、その次元をかなり超えてくことになりそうだ。というか、既にそうなりつつある。たとえば数年前の「ファティマスーツ・ラキシス模型」だって、とても小さいけど28000円だった(そのかわりクオリティは高い)。クリンティン・Vのドールだって3万円で納まるかどうか。進行中のカイゼリン模型などは、5万円から10万円の間じゃないかと思う。もしかするとデザイン画集だってこれまでとは形態を変え、さらに高額化していくということだってありうる。あと5年くらいしたら発売される(かもしれない)『花の詩女ゴティックメードDVD/BD』だって2万円くらいするかもしれない。

そんな感じで、大人にとってのF.S.S.はよりコアで、ハイクオリティで、高額なものになっていく。

では、子供たちにとってのF.S.S.はどうなるのか。たぶん以下のような感じだ。

永野護 日比谷のヴィヴィアンの本店に行くと、僕ら(永野夫妻)大人だから、奥でスーツとかを大人買いしているんですよ。それに対して、若いコたちが、5000円とか1万円のイヤリングや指輪なんかの小物を一生懸命見ているでしょ。30分くらい悩んだ末に何も買わないで出て行ったり。そういうの見ると「いいなあ」って。「あ~負けた~俺ら金しかねえのかあ」って。僕も昔はそうだった。
(『ケラ』2002年9月号「俺どこ 永野護×Dir en grey Toshiya」)強調引用者



子供にとってのF.S.S.は永野発言のなかの「ヴィヴィアン」のような存在になっていく。高額路線ゆえ、子供たちにとっては欲しいけれど買えない。もちろん本編(単行本)は買えるだろうけど、『デザインズ』はきびしい。かつては『キャラクターズ』を1500円で買えたが、今の『デザインズ』は1500円では買えない。だからここで一つ疑問として出てくるのは、「ロボットマンガ」の作者が子供を捨て置いていいのか、ということである。子供が入って来れないロボットマンガって何なのか。この問題に関しては、やや古いインタビューだが以下の発言がヒントになるかもしれない。

――ファンの心理としては、よりピュアなかたちでマスターグレード永野護版キュベレイがほしいというのもあると思いますが。
永野 「知ったこっちゃねえよ、オレは。ガンダム? ほっといてくれよ」って感じですよ、ホントに(笑)。はっきり言っときたいんだけど、なんでオレがガンダムをこういうふうに突き放してるかっていうと、「ほしい、ほしい!」って言われて買い与えてる大人ばかりだから。たまには「ぜぇったい買ってやんない!!」っていう大人がいたっていいじゃないですか。
(モデルグラフィックス2002年7月号「永野護インタビュー」)強調引用者



別のインタビューか何かでは、永野は「今の文化状況は子供が何でも手に入れられる状態。でもそれでは子供の創作意欲が削がれるだけであって、手に入らない存在もあったほうがいい」という意味のことも述べている(註)。つまりF.S.S.の高額化とは、子供になんでも与えるバンダイ的なものへの「カウンター」でもあるし、さらにはクリエイター養成のためという側面もあるのだ。なんだか話が大きくなってきたな。否定的にみるなら、このような論理はもしかすると、高額化せざるを得ないF.S.S.を正当化するために後付けで用意されただけ、とも考えられる。
(註)探したけどソース不明。たしか「小田雅弘のレッドミラージュも憧れの存在だった」みたいな発言もあったような。「まも☆しん」だろうか

だが、上の引用文のなかでヴィヴィアンを買えない高校生について「いいなあ」「僕も昔はそうだった」と述べる永野が、「買えない」ということに積極的な意味を見出しているのは間違いないと思う。(追記20150830:『月刊ホビージャパン』2013年2月号の永野インタビューに「欲しいけど高くて買えない悔しさをエネルギーにしてほしい」旨の発言あり)

というわけで今後、F.S.S.は子供の手には入りにくい本当の意味での「ブランド品」となっていくのだろう。


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