「花の詩女」再上映

2017年6月、「花の詩女ゴティックメード」が全国で再上映。 https://www.dreampass.jp/m342768

【宮城県:6/24上映】
【千葉県:6/24上映】
【千葉県:6/24上映】
【埼玉県:6/24上映】
【大阪府:6/24上映】
【大分県:6/24上映】
【栃木県:6/25上映】
【愛知県:6/25上映】
【京都府:6/25上映】
【岡山県:6/25上映】
【広島県:6/25上映】
【福岡県:6/25上映】
【長崎県:6/25上映】
【熊本県:6/25上映】
【鹿児島県:6/25上映】

システム上、一定数のチケットが売れなければ上映が成立しない。自分の地域以外もどんどん拡散させてどんどん宣伝しよう。今のところ苦戦しているのは長崎、熊本、鹿児島あたり。

一回見た人もまた見よう。見所はカーテンコールやGTMカイゼリン以外にもいろいろある。たとえば岡田斗司夫も驚愕した「キャラの自然な足運び」。永野護が動画17万枚を費やして一体なにを描こうとしたのか、フラットな状態でもう一度見ておいて損はないと思う。

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F.S.S.DESIGNS4感想31―GTMは「ダサい」か?

Category : F.S.S.
<お知らせ>
「花の詩女ゴティックメード」復活上映なるか!?
2015/05/23 (土) @大分
@TOHOシネマズ アミュプラザおおいた
https://www.dreampass.jp/e827

2015/05/24(日) @大坂
@TOHOシネマズ くずはモール
https://www.dreampass.jp/e828

※規定の枚数のチケットが売れなければ再上映されません。企画が不成立の場合、お金は掛かりません。
周囲のF.S.S.読者を誘って企画を成立させましょう。
※現状、BD・DVD化は絶望的です。
<お知らせ終>

ネタバレあるので、連載をまだ読んでいない人、単行本派の人、映画『花の詩女』未見の人は注意。
基本的には「デザインズ4」の見出しごとにメモ。





今回で「デザインズ4」の感想メモはおしまい。これまで半年ほどかけて感想書いてきて、途中からは「デザインズ4」の感想というよりは永野護についての雑談になってしまった気もするけど、ま、いいや。

以下の記事は半年前に書いたものに少しだけ書き足したもの。

■レビューで批判がけっこう多い件
「デザインズ4」のアマゾンのレビュー見てるとわりと批判的な意見が多くて、へえ~ってなった。みなさん、F.S.S.を愛しているんだなあと改めて思う。私は彼/女らほどにはF.S.S.を愛してしない気がする。こうしてブログにメモを書き連ねていて気付いたけど、私は永野の絵なら何でも喜ぶという、とってもライトな読者なので。永野はのインタビューのなかで「日本のマンガは強烈な批判があるからこそ文化として成熟している。自分も外国では手放しの賞賛を受けるけど、日本では批判される。でもそれが良い」(註)という意味のことを言ったことがあるが、それは痩せ我慢であると同時に本音でもあったと思う。批判を受けるF.S.S.は愛されている。

(註)『別冊カドカワtreasureVOL.1総力特集』永野護インタビューより


ただ、批判の中でも「値段が高い」「サイズがデカい」というものについては、今更かい、としか思えなかったが。『TWIN TOWER』以後の画集を知っていればそういう感想は出ないはずだし。永野ふうに言うと、「謎である」。あっ、もしかすると私が想像するよりも新規読者がかなり多くいて、永野商法に面食らっているのかもしれない。もし新規読者が増えてるのなら喜ばしいね。

■異様なMS・異様なGTM
それとレビュー見ていると、やはり古株の読者にはGTMへの拒否反応が根強くあるようだった。中には「GTMに変わったのはいいけど、GTMがダサいのは問題だ」みたいに言っている人もいて、もはや永野のちゃぶ台返しそのものに関しては批判の対象でさえないのは笑えたけど。

たくさんあるレビューのなかで少なくない人がGTMを「ダサい」と言っている。たしかにMHをGTMに置き換えてしまったのは作者の暴挙ではあった。だが、GTMを「ダサい」とか「異様だ」とか言ってしまうのは、読者自身の自己否定になってしまわないか。というのは、永野護というデザイナーの経歴が、ガンダムという制度から弾き出された「異端」としてまず始まっていて、そんな「異端」を肯定したのが当時の永野ファンだったからだ。海洋生物のようなハンブラビも狐のようなキュべレイも、当時は「こんなのMSじゃない」と言われたはずだ。

しかし、その異様なデザインをこそ肯定し支持たのが当時の永野ファンだった。「こんなのMSじゃない」と評されたロボットを支持した人たちが、GTMダッカスを見て「こんなのMHじゃない」と言っている。繰り返しになるが、それではかつて異様な永野MSを肯定した自分を否定することになってしまう。それはマズいんじゃないの、と他人事ではあるけれど思う。永野ロボットの端緒に異様なMS群があった以上、GTMダッカスは先祖帰りに過ぎないのだから。

■GTMと子供受け
さらに続けると、そもそもGTMが「ダサい」か「かっこいい」かを判定するのは私たちのような古株読者の仕事ではない気もしている。以前、「永野はなぜエディ・スリマンをスルーしたのか」のなかでも触れたことだが、永野はロボットをつねに子供や10代読者に受けるようにデザインしてきた。だからこそ古株である私たち(あえて「私たち」と言い切ってしまうが)も子供の頃にMHをみて熱狂してきたのだ。

いくつかの発言をみるかぎり、永野の子供重視の姿勢は現在もたぶん変わっていない(註)。現在の永野護が、現在の子供のほうを向いてロボットをデザインしているなら、極端に言ってしまえば私たち大人はその「おこぼれ」を頂くしかない。だって私たちはもう十分にMHで楽しんできたのだから。今後の永野ロボットの楽しみは、現在の子供たちに譲ってもよいのではないか。ツイッター上では、親が子供にMHバッシュとGTMダッカスを見せたところ、ダッカスのほうを気に入ったという話があった。子供は案外、すんなりとGTMを受け入れるのかもしれない。

(註)以下は子供や新規読者についての永野発言。
永野は「ロッカー」なので本音はなかなか語らないが、すくなくとも表面的にはこのように述べている。
ターゲットは小学生」(『ユリイカ総特集永野護』永野護インタビュ)
古参の方と新規の方の情報差をともかく無くす」(NT2014年9月号インタビュ)
カイゼリンの動きは子供に聞けばわかる」(どんだけ探してもソースが見つからない)


個人的なことを言えば、私はGTMが子供に受けようが受けまいがどっちでもいい。もし受けたら「やっぱナガノすげー」って思うだろうし、もし受けなかったら受けなかったで、あのナガノマモルでさえロボットデザインで子供に敗北する日が来るのかとかえって感慨深く思うだろう。なんて言うと信者として冷たいか。

■GTMの模型
そして最後に、私たちのような古株読者がGTMに対する評価を保留すべき理由はもう一つある。それはまだ誰もGTMを模型で見ていないということだ。正確にいえばGTM模型を制作している人はウェブ上で以下の2人を含めて何人かいるのだが、まだオフィシャルな模型は出ていない。
サウザンドチェリー Blog
http://www.geocities.jp/thousand_cherry2004/
Sparrow S.A.
http://sparrow.o.oo7.jp/

誤解を恐れずにいえば、従来のMHにたいする好評価は決してデザイン画や本編での描写のみによるものではなかった。模型というメディアがMHの魅力を引き出していた部分は確実にある。MHは模型になったときに死ぬほど美しかったのだ。たとえば現実の世界のファッションがデザイン画ではなく縫製された実物でこそ評価されるのと同じように、ロボットのデザインの良し悪しもまた模型という実物でこそ露わになる。なのでGTMが「ダサい」か「かっこいい」か判断するのは模型を見てからでも遅くないと思うよ。



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