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天照帝は細部に宿らない

Category : F.S.S.
タイトルに深い意味なし。

F.S.S.を読んでいて自分にやれやれと思うのは、興味がいつも細部へ細部へと向かってしまうことだ。ロボットのハイヒールのデザインだとか、ブランド名だとか、お菓子だとか、デコース・ワイズメルの服がカッコいいだとか。どれもこれも、F.S.S.の大切な要素であるということは否定しない。むしろ細部で遊べるのはF.S.S.の良いところだ。

だが、永野護という作家がF.S.S.を通してなにを語っているのか、あるいは意図せずして語ってしまっているのか。そういうことにもっと目を向けたいのだが、ついつい細部に気を取られる。もっとも、永野がストーリーを終わらせてくれないので作品のテーマなんて読み取りようがない、という部分はあるにしても。


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No title

度々お邪魔しております
つい何か書き込みたくなってしまうものですから…
スルー願います(汗)

神の偏在はユービックでしたか…
いや、天照は宿ってなくとも、永野氏の意志は確実に宿っていると思います
ヒールの高さにも

ゴムウエストのスカートの対局に位置するのが、永野氏が愛するディテールの装飾性だと思います
着づらい、履きづらい、見た目しか考えてない≒素敵
貴方が良く取り上げていらっしゃる「ザ・ディテール」(失礼)こそ、永野神の偏在する部分なのではないでしょうか?

そして自分も、ソコが好き、デスね~

何だかすいません
今回も楽しく読ませて頂きました
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